金曜の瞑想の記事を書き終えてすぐに飛行機に飛び乗り、1年以上ぶりの東京へ。
そして昨日、遂に僕は結婚式童貞を卒業した。相手が親友だったこともあり、なんだか少し恥ずかしかったけど、初めてにしては堂々たる振る舞いができたと思っている。
この3日間、5人の友人たちと語り合い、普段この田舎では知れない価値観や考え方に触れることができ、返って知識がドバドバと入り過ぎてまだ上手く解釈しきれていない。
ので、少しずつ僕の考えと擦り合わせながら理解していこうと思う。
闘う友
一番衝撃的だったのは、結婚した親友が戦っている場所だ。
大企業に勤めていて、仕事関係の話も何度かしたことはあったが、初めて彼が共に働いている人たちを見た。
僕が感じたのは、「僕は彼のようにこの人たちと戦えるだろうか?」ということだ。
答えは明確で「絶対無理」だ。光の速さで心バキボキに折られてヘタる自信がある。
戦いというと語弊はあるが、仲間であるけれどやはり組織の中で上を目指していくのであれば超えていかなければならない壁が、まさに昨日来ていた人たちのはずだ。
僕も26年も生きてきたら、顔を見て「この人デキるヤーツ」とわかる(はず)が、式に来ていた人たちはそんな人ばかりだった。
ただもう一歩踏み込んだ印象を言わせてもらうと、「自分は絶対苦手な人たちだな」という感覚もある。
だからこそフィーリングの合う(と思っている)彼が、僕がこう感じる人たちと毎日戦っているという事実に、ただただ戦慄してしまった。
「よくこんな強者たちと戦えるな…」
目に見えない変化を知って
メッセージには「人間関係構築スキルが成長したと思うんだ」と書いてあったが、式を見ていて十分に理解できた。それは、職場の上司たちがスピーチで話した親友のエピソードに、そのスキルの全てが集約されていたからだ。
なんていうかね、正直式の途中で泣きそうになったね。「めちゃくちゃ頑張ったんだな、そしてめちゃくちゃ頑張ってるんだな」って。
昔の彼を知る僕は、彼が色々手回ししたり盛り上げたりという姿を見たことが無かったので、大学で、そして社会に出て身に付けていったんだなと思う。
それって彼がいる場所に限らずどこにいても必要なことだし、僕にも必要な事なんだけど、彼はそれが足りていないことを理解して苦手に挑戦して身に付けていった。
それは今回一緒に参加したもう1人の親友もそうで、農協時代の僕であれば、「無駄なことしてんな!」と尖った意見を述べていただろうけど、今は2人の努力に頭が上がらない。
今の2人は、相手の立場に立って感情を理解した上でのコミュニケーションが僕と違って上手い。それは組織の中でも際立っているからこそ、2人は職場で周りの人たちよりも高い評価を受けているのだ。
僕は正しいことを言っているけれど、相手の気持ちなど微塵も考えていないから頻繁に人から疎まれる。特に年上の人たちから。
芯を食わずに相手を自然に自分の方に引き込んでいくということが、僕と彼らの間にある大きな差なんだなと思うのです。
一緒に支え合える人の存在
たぶん、というか当たり前だけど僕には語らない苦しさが2人にはあるのだろう。この事実を知ってなんとなくそれがわかった、とまで言うのは傲慢だけど、少しだけ想像ができた。
なぜこんなに強い気持ちを持って戦えているのかと考えると、そのモチベーションこそが「奥さん」の存在なんだろうなと合点した。
この人と一緒に幸せになりたい。そのためには仕事で少しでも成長するために自分の苦手な事にも挑戦して乗り越えていく。
そんな姿を彼らの奥さんたちは後ろから信頼して、支えてくれる。
彼らはそうやってパートナーと一緒に成長していっているんだな。
彼らが頑張っていること、そしてそれを奥さんが支えてくれているんだということがわかった時に、「この式に出て本当に良かった」と思った。なぜならそんなことこれまで考えたことも、他の夫婦から感じたこともなかったから。そりゃそうだ他人に興味ないから。
でも親友は違う。
彼らには「いやー良かったな!!!!!」と言い過ぎて、「またまつを小ばかにしてんじゃねーの」と思われているだろうが、今回はマジなやつだ。
いくらまつをと言えども、頑張っている人間を馬鹿にするクズではない。そもそも教育者として失格だそれは。
自分は本当に幸せといえるのか?
そして自分の話になるが、この自由過ぎるキャリアを選んだことで僕はみんなが知らないこと(知恵や経験)を知っていたりするけれど、その裏でみんなが当然にできる(今回で言えば彼が身に付けた人間関係構築スキル)ことが僕はできていないんだなということも痛感した。
だからと言って「それをできるようにならなきゃ!」とは思わないけど(いや思えよと言われるかもしれないが)、でもそのことを忘れてしまっていた事実を認識できたのは大きい収穫で、自分の当然や常識を押し付けてしまわないように気をつけないといけない。
理解しているか否かは大きな分かれ道だと思っている。
たまに人と会話が噛み合わなかったり怒らせたりするのも、この認識が欠けていたからであり、これを再認識できたことで噛み合わなさを感じた時に原因がこれにあると判断し、修正が可能となる。
まとめに入りますが、やっぱり持つべきものは親友ですわ。
そして親友夫婦の関係を見ていると、思わされるんですよね。
「僕って独りで本当に幸せなんだろうか?」って。
これについてはまたおいおい書いていきますが、初めてこの感情が芽生えたのも、親友たちが僕の未知なる世界に先に踏み込んで行ったからだと思う。
まとめ:僕ら人間にとっての幸福は良い人間関係です。以上。
結婚式を挙げた親友は、夏に僕に最高の体調 ~進化医学のアプローチで、過去最高のコンディションを実現する方法~ (ACTIVE HEALTH 001)という本をプレゼントしてくれた。
この本の中で、「人間の幸福にとって最も大事なものとは?」という研究を行ったロバート・ウィルディンガー教授の言葉が紹介されている。
曰く、
「…何万ページにもなる情報から明らかになった事は何でしょう?
それは富でも名声でもがむしゃらに働く事でもありません。私たちの体を健康にし、心を幸福にしてくれるのは『良い人間関係』です。これが結論です」
おいおい、答え出てんじゃねーかよ!